2012.11.11 【江ノ島片瀬旧道】報告
江ノ島片瀬旧道
平成24年11月11日(日)天気曇
リーダー:佐野俊一郎
協力L:平山享
協力:青山昌次・佐々木純子・澤井純子・秋山うた子・土屋秀夫
参加L:加藤正彦
参加者:30名 男性11名 女性19名
コース:藤沢駅南口9:00→藤沢市民会館9:11→境川→新林公園9:18~9:28→馬喰橋9:41→岩谷不動9:49~9:55→江の島弁財天道標→泉蔵寺10:08→上諏訪神社10:14→庚申供養塔→密蔵寺10:17江の島弁財天道標10:21→本蓮寺10:26→江の島弁財天道標→寛文庚申供養塔→常立寺10:32→江の島弁財天道標→龍口神社→龍口寺10:38~10:50→江ノ島弁天橋11:02→青銅鳥居→江ノ島神社辺津宮11:20→八坂神社→江島神社中津宮11:28→亀石→石鳥居→江ノ島神社奥津宮・八方睨みの亀の絵11:38→→芭蕉句碑・服部南郭詩碑→稚児ヶ淵11:51→第一岩屋まえ昼食11:53~12:30→中村屋羊羹店→裏参道→杉山検校墓12:50→江ノ島観光案内所解散13:00
藤沢市文化財ハイキングコース「片瀬旧道・江の島道・江の島岩屋コース」参照にする
江ノ島道は、新林公園を過ぎたあたりからほぼ旧江の島道のルートになり。静かな昔の面影を残した江の島道を江の島まで歩きました。江の島道というのは、藤沢宿遊行寺の前から江の島へ至る道のことで、江の島弁財天に参詣する道でした。 江戸時代から庶民のあいだに弁財天信仰が盛んとなり、大山、鎌倉、あるいは金沢八景とあわせて、近郊近在から多くの参詣客で賑わいました。
藤沢市新林公園9:18~9:28
新林公園は、藤沢の中心街にほど近い所に残された、緑の谷間に広がる公園で、山の尾根に沿う散策路で、リスにあいました。周辺の山からの湧水でできた溜め池「川名大池」はバードサンクチュアリになっており、市の鳥カワセミも観ることができます。この大池から流れ出す小川は小さな湿地帯と池に分かれ、花の季節には湿性植物が彩りを添えます。池のほとりには移築保存された江戸時代の古民家が静かに佇み、茶会にも利用されています。この公園は自然の営みを小さな谷戸のなかで気軽に観察することができる自然の宝庫です。
龍口寺10:38~10:50
龍口寺 鎌倉~室町時代の龍の口あたりは刑場でした。文永8年(1271)日蓮聖人が斬首を免れた地に、後に創建されたのが龍口寺です。延元2年(1337)日法上人が一堂を建てたのが寺のはじまりと伝えられています。境内には五重の塔・鐘楼・仏舎利塔などがあります。
江の島弁天橋手前の龍の石灯籠11:02
寿永元年(1182)源頼朝の祈願を受けて京都高雄の文覚上人が江の島に「弁才天」を勧請しました。これは奥州平泉の藤原秀衡を倒すためだったと伝えられています。以後、軍神として鎌倉幕府の将軍や古河公方足利氏・小田原北条氏などの武将たちの参詣があり、龍神信仰と結びついて雨乞いが行われるなど、広く信仰を集めていきます。江戸時代になると、財福神としての性格を加えて「弁財天」と表記されるようになり、巳年と亥年の六年に一度の開帳が行われると、江戸から観光旅行をかねた大勢の参詣者が押し寄せ、江の島は大いに賑わいました。とりわけ江戸後期には、江の島を題材として、十返舎一九の案内書や歌川広重の浮世絵が出版されたように、庶民の江の島信仰が隆盛を迎えます。このコースでは岩屋洞窟をはじめ、浮世絵に描かれた景勝と当時の史跡をたどって島内をひとめぐりします。