2013.12.30~01.01【式年遷宮伊勢参りと朝熊山から宇治岳道で内宮へ】 報告 Taeko.Kobayashi
平成25年12月30日(月) ~平成26年1月1日(水・元旦)夜行一泊
係 リーダー=小林妙子
参加協力 L =山川美恵子
協力者= 石川孝子;
参加者 12名 (男性3名;女性 9名)
コースタイム
2013年12月30日(月)
JR東京駅八重洲南口前発集合22:50 出発23:20(遅れ15’~45′ )
★JR青春ドリームなごや1号 男3名 5A;5B;6A座席
★JR青春ドリームなごやレディース 1号女9名6A;6B;6C;6D;7A;7B;7C;7D; 8D; 座席
2013年12月31日(火) 天気 晴―曇 11/1℃ 歩程4時間
=名古屋6:00 と6:45(遅延) 近鉄名古屋発6:51=1h39’伊勢中川8:07-:27=急行鳥羽行き伊勢市8:49(宿へ不要の荷を置きに行く) 「せんぐう館」見学1h(9:00-11:20-)–外宮参拝1h(11:24-12:02)–買物&昼食- JR伊勢市12:45-:53発=JR参宮線鳥羽行き—9’二見の浦13:02着観光2 ~3h(赤福賞味14:15-:30)二見の浦発14:55=5’ JR快速みえ12号=伊勢市15:30-16:30夕食-—-宿チェックイン 18:00-19:30温泉旭湯(勢田川清浄坊橋前 汐湯:おかげ風呂館)へ —宿でライブ30′–20:00就寝
① 伊勢ユメビトハウス 歩10’ ℡0352-89-9788 4名(山川;高橋夫妻)
オーナーが親切で非常に良かった。夕食も鍋料理を勧められた。またベッドもプライベートが保たれて清潔、風呂は銭湯発祥の地! 商店街の近所を紹介され利用した。
②伊勢ゲストハウス風見荘 歩2’ ℡0596-64-8565 他8名
特別室の3階広い和室を2部屋 暖房のきいた部屋で快適 トイレは廊下の端で改装された洋式。 コーヒーお茶はセルフサービス。若い人や外人もいてライブを聞かせてくれた
何よりも駅から2分の立地条件が良くまた利用したい。シャワーもあり利用した人もいたが温泉を紹介され入りに行き非常に温まった 夕食は繁華街でとったが料理室も利用できます。朝食は熱いお湯でコーヒーやパンを焼いたり簡単にとりました。
写真を載せましたが時間のある方はご覧ください。
①伊勢外宮参拝 http://www.digibook.net/d/0b14a7bba19b2a9df0ee58c3bf276c31/?viewerMode=fullWindowi
②二見浦http://www.digibook.net/d/9815a15fa05c20d1748e5ac7b124ed31/?viewerMode=fullWindow
2014年1月1日(水)元旦 天気 晴―曇 11/1℃ 歩程6時間
伊勢市 起床4:00 朝食4:30 宿出発5:05 —-伊勢市駅集合5:10ー:16発=近鉄山田線=17’鳥羽駅5:35-…鳥羽バスセンター前5:45乗車(バス料金690円)==20’=(伊勢志摩スカイライン)金剛證寺バス停6:10==朝熊山山頂公苑7:00-:30ご来光)(7:00から初日の出汁のふるまいあり頂く。先着800名)…—-極楽門7:31—卒塔婆群—-奥の院7:35-:40往復—-10’金剛證寺7:47— 弘法大師池7:51-:55–登山口8:09-(15’経塚群省略)—八大竜王社 朝熊山山頂555m.電波塔前8:32-:43—–朝熊峠分岐(22町)5:52-:55—宇治岳道62町へ9:00—朝熊山1等三角点&天測点478.0m 9:10-:15—-休憩 20’—スカイライン上橋を横断9:48—楠部峠10:05—朝熊道記念碑前登山口-11:13—新宮官庁附近 時間ロス45′—第2鳥居12:02–伊勢神宮内宮御参り12:14-:27—-お神酒頂くまた甘酒も12:35-:50—宇治橋12:53—–おかげ横丁35’—1.5km 近鉄五十鈴川駅14:15-15:11発=1h27’特急券座席12枚=近鉄名古屋16:38着–JR新東名スーパーライナー10号名古屋新幹線口前JRハイウエイバス停17:15-:30発(★1号車[ 2D][ 2C][ 3C][ 3D][ 4D][ 4C] [ 2B][ 2A][ 3A][ 3B][ 4B][ 4A])=遠州森町SA=足柄SA=霞ケ関10名下車解散22:28 =東京駅日本橋口2名下車22:39着( この日の歩数37000歩)
写真を載せましたが時間のある方はご覧ください
朝熊山日の出と宇治岳道の縦走①http://www.digibook.net/d/5bc4eb37909902d9f42f52d7d32f2d23/?viewerMode=fullWindow
②内宮http://www.digibook.net/d/aa55ed77b19a20dde46f58574f3d6c23/?viewerMode=fullWindow
ハイキング後記
旅には失敗がつきもの。まず初めは、ハイウエイバスはレデイス号(女性用)と1号車を別に切符をとりましたが定刻には到着できず、45分も遅れました。次の行動に遅れが出る。
しかしながら観光日なので余裕を持ち待ちました。便利な携帯電話のメールで連絡が取れて、全員揃い伊勢市へ向かい宿へ要らない荷を預かる。宿泊前なら預かってもらえます。テイクアウト後は無理でしょう。
カメラと昼食とお財布で身軽になり出かけます。
近鉄・JR伊勢市駅すぐ前は随分変わり真新しく繁華街ができ外宮は5分もかかりません。
伊勢神宮・外宮には“食の神様”が祀られ、地元では「外宮さん」と親しまれています。
外宮に続く参道には昔ながらのお土産店や飲食店に加え、近年、フレンチ、イタリアン、カフェなど次々と新しい飲食店がオープンしています。
しかし伊勢うどんには、がっかりしました。
外宮の表参道火除橋を渡り左に手水舎で手やお口の心身を清め、「せんぐう館」に入館する カモ鳥が沢山いる勾玉の池が見えます。伊勢神宮のテーマ館でより詳しい式年遷宮を理解できます。入館料300円(団体200円)の数倍の価値があると実感します。
遷宮(せんぐう)とは、神社の正殿を造営・修理する際や、 正殿を新たに建てた場合に、御神体を遷すことです。式年とは定められた年という意味で、 伊勢神宮では20年に一度行われます。
なぜ20年か?は、茅葺の寿命。穀物の保存期限、技術伝承の受継がれてゆく技術など、国の自然が保たれているかが問われる平和な豊かさを見るものなのだそうです。
第1回の式年遷宮が内宮で行われたのは、持統天皇4年(690)のことです。奈良県橿原 神宮へ日本史上最大の都城の藤原京を建てられそれから1300年にわたって続けられ、昭和48年に第60回、平成5年には第61回が行われ、 平成25年に10/2に第62回を実施しました。
その間1462年の5年後応仁の乱で中断し、1585年(120年後)織田信長、豊臣秀吉、徳川時代になり継承されています。持続可能な社会であるかが問われます。
神宮にとって永遠性を実現する大いなる営みで、正宮の・正殿(しょうでん)神宮の諸殿社の中で中心の社殿。 ・御垣内(みかきうち)の建物全て 宝殿、御垣、御門等。・御装束神宝(おんしょうぞくしんぽう) 神の衣服や正殿の装飾や器物等をいいます。
日本工芸の匠の技に驚嘆し、せんぐう館内の見学後に新鳥居を潜り外宮の正宮で、予想外にスムーズにお詣りしました。
午後から二見浦へ向かいました。
伊勢神宮の“禊浜”として、また参宮客の宿泊地として古くから栄えた名勝・二見浦。美しい松林が残る海岸沿いには風情たっぷりの旅館街が広がり、旅情を誘います。海に浮かぶ夫婦岩や二見シーパラダイスなど、観光スポットです。伊勢神宮(内宮)から流れてくる五十鈴川(いすずがわ)は、二見を挟むように東西二手に分かれて伊勢湾に注いでいるため、二見という地名は“二水(ふたみ)”に由来する。
それが景勝地ゆえに何度も振り返り見る“二見”に変わり「倭姫命(やまとひめのみこと)がその美しさに二度振り返りご覧になったため」と言われるようになったそうです。
こうした自然・景観の美しさと、伊勢神宮のお膝元という地理的条件、夫婦岩のある立石崎(たていしざき)が古来禊場(みそぎば)であり、神宮参拝の前にここで身心を清める習わしがあったこと、これらが相まって二見の町は観光地として栄えてきたのでしょう。
途中に赤福の第1支店があり帰路に皆でお茶を頂きゆっくり賞味し疲れが取れました。二見駅の前から伊勢安土桃山文化村の信長の金ぴかの天守閣が見え興味を誘われます。
参拝順序は、 一般的には外宮→内宮ですが、 厳密な意味では、 外宮の前に夫婦岩の二見興玉神社を参拝せよ、 内宮の後に朝熊山の金剛証寺を参れ、等ですが、なかなかその通りにはいきません。
二日目の元旦は、お伊勢さん近くにある朝熊山(朝熊ヶ岳)へ鳥羽から元旦バス(三重交通の元旦だけです) 5:00~7:00を利用します。
朝熊山付近では江戸期以降、宗派を問わず葬儀ののちに朝熊山に登り、金剛證寺奥の院に塔婆を立て供養する「岳参り」「岳詣(たけもうで)」などと呼ばれる風習がある奥の院へ向かうとおびただしい卒塔婆群があり驚きです。
朝熊山上公苑にある金剛證寺は、室町時代に神仏習合から伊勢神宮の丑寅(北東)に位置する当寺が「伊勢神宮の 鬼門を守る寺」として伊勢信仰と結びつき、「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ朝熊駆けねば 片参り」とされ、伊勢•志摩最大の寺となった。
持統天皇4年(690)が今の奈良県橿原 神宮へ日本史上最大の都城の藤原京を築き上げましたが、その真東にある伊勢神宮です鬼門を丑寅(北東)に位置する金剛證寺が「伊勢神宮の 鬼門を守る寺」としてある。
丑の寝像が境内の左に また右には虎の寝像がありました。
朝熊峠は、伊勢神宮のおかげ横丁前にある「赤福本店」横の新橋まで続いている宇治岳道62町(一町=約109m)との分岐で、内宮までの道のりです。 内宮へ下山し、お詣りを済ませ、 おかげ横丁から五十鈴川駅へ出ました。
「お伊勢まいらば朝熊をかけよ」伊勢神宮の鬼門を守る寺、朝熊岳金剛證寺」は、旅行ナビゲーター「下川 尚子」が国内の旅行・観光ガイド[たびねす] by Travel.jpに書いた旅行ガイド。「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊をかけねば片参り」。
今年も、東北大震災や不景気からの立ち直りを願ってお伊勢参りと金剛証寺へのお参りも兼ね朝熊ケ岳へ登る人も増えています。
2011年9月号「山渓」本に隠れた名山として「朝熊ケ岳」が登場しました。
以前伊勢参りに来た時、4年前から朝熊山へ登る計画を立てていたのですが、ようやく念願が適いました。
金剛證寺は、江戸時代には徳川幕府が伊勢神宮と絡んで重視し、援助した。1609年(慶長14年)には播磨国姫路城主で豊臣秀吉の七将の一人、池田輝政公が火災で失われた本堂摩尼殿(まにでん)を再建し、この本堂は1701年(元禄14年)に徳川綱吉の母桂昌院による修復を経て現存し、重要文化財に指定されている。山上公苑を後にすると、鮮やかな極楽門をくぐり、おびただしい卒塔婆の立つ奥の院にも寄りました。
宇治岳道は、何と云ってもジングウツツジが咲くことで知られ、全国的にも少なく希少価値で花の咲く五月中旬に歩くのがベストとのこと。アルカリ性でジングウツツジは蛇紋岩でないと育ちません。(別名、シブカワツツジ)
奥の院まで同じ道引き返し、金剛証寺まで300メートル行く。金剛証寺のお詣り後、旧参道へは出ないで戻り、八大竜王岳入口から朝熊山山頂555mへの山道を登って行きます。
八大竜王社に本当の朝熊山の山頂があり555mです。大きなパラボラアンテナがあり広々として見晴らしが良いところで、トイレもあります。
朝熊駅からの朝熊岳道の往復が多いのでしょう。登りで1.5から2.5時間かかります。
先客の79才の中西氏は、1.5hで毎日来ているとの事。ハーモニカを吹いてくれました。また車を朝熊駅広場へ置いてきた4人家族さんは元へ戻るとの事皆親切です。緩い坂道を10分で下り朝熊峠で別れました。
帰路は、古い江戸期からの地蔵様にも沢山会い、どの湯呑にも綺麗な水が掲げられ関心しました。朝熊峠から僅かに過ぎて、猟犬が多数繋がれていて吠えるので賑やかな狩猟民家の横を通過し、左のNTT鉄塔の所で、右へ岩の高みに一等三角点と天測点(朝熊山の三角点478の傍らに天測点が設置されている(天測点は、はこちらが詳しいhttp://homepage2.nifty.com/sangaku/ftp/datums/datums02.htm)、
のを探し当てます。
休憩を取り、そのまま宇治岳道で内宮へ下山しました。江戸時代の寛永三年二月吉日とある大きな朝熊岳道の大きな石碑があり神宮司庁舎を探しながら磯辺道を行き過ぎ、戻る。(30分ロスタイムする)
しかし神宮司庁舎の裏木戸から入り駐車場へ出て、 時間を10’取り戻す。
天気の良い日なので五十鈴川の御手洗場(みたらし)で、脚膝を折り曲げ口と手を清めました。天照大御神(あまてらすおおみかみ) をお祀りしている。皇大神宮(正宮)垂仁天皇26年にご鎮座されてから、2000年。天照大御神がお鎮まりになっています。
別宮(荒祭宮・風日祈宮)別宮とは正宮の次に尊いお宮のことで、内宮域内には2宮ありそれぞれお詣りしました。
思ったよりは混雑はなく、皇大神宮(正宮)前の階段では20分くらいかかり徐々に上がり鳥居へ出て参拝した。第1鳥居の手前で樽の匂いのするお神酒を、並ん頂戴した。右奥では甘酒が紙コップで配られ一味違う熱く美味しいものでした。
全員揃い宇治橋をわたり神聖な世界から日常の世界になります。宇治橋外側の正面から見る大鳥居の姿は感動的であり、身も心も正しく清浄な宮域に入る心構えの大切さを感じさせました。
宇治橋は20年毎に、かけ替えられました。全長101.8m、巾8.421mで、欄干の上に16基の擬宝珠(ぎぼし)を据えた純日本風反(そ)り橋で檜(ひのき)で作られていますが、橋脚の部分は欅(けやき)を使用してます。
宇治橋の外と内に高さ7.44mの大鳥居が立っていますが、内側の鳥居は、内宮の旧正殿(しょうでん)の棟持柱(むなもちばしら)が用いられ、外側の鳥居は外宮のものがあてられます。
さらに20年たつと、内側の鳥居は鈴鹿峠のふもとの「関の追分」、外側の鳥居は桑名の「七里の渡」の鳥居となります。ともに正殿の棟持柱となって以来、60年のお勤めを果たすのだそうです。
無事二日間何事もなく山行を終了できました。 お伊勢参りの功徳でしょうか ともあれ参加者皆様の協力によるものです。 T.K
2014/1/4 土曜日 at 23:19
お正月登山 心が動いたのですが雪深い怖いところを想像しました
写真を拝見すると私にも行けそうな~ 来年は行きたいと思いました
音楽のある写真も素敵でした